HOME  マネーの未来第1回「新型コロナ危機の衝撃」

マネーの未来
第1回「新型コロナ危機の衝撃」

著者:小河 俊紀(おがわ としのり)

カード研究家。
1972年富山大学経済学部経済学科卒業。(株)日本クレジットビューロー(現ジェーシービ)入社。カード基幹業務全般に従事。総務部調査役。1990年ヤマハ(株)入社。製造・卸・小売業における顧客囲い込み戦略推進。2008年に経営コンサルCard Seekを創業。現在に至る
詳細プロフィールはこちら

はじめに

中国で年初始まった新型コロナ危機が、あっという間に世界中を襲っています。

緊急事態宣言の各種自粛も相乗し、時間の進行が止まったかのような日々が 続いてきました。自粛解除後も、国内の経済活動は未だ停滞しています。

これが、世界恐慌の引き金になるのか、それとも新たな世界秩序を形成する 契機となるのか、未だ予測がつきません。それでも、この出来事が医学、政治、 経済面だけでなく、生活、金融、文化、思想などあらゆる分野への影響が徐々 に表面化し、歴史的な転換を促すのは間違いないでしょう。

唯一、現時点で分かることは、「地球は、丸ごとひとつの生命体」だという ことです。

例えば、

a) 目視できないウイルスが、短期間で地球全体に波及
b) 地球温暖化による生態系の異変
c) グローバルな生産・物流網の発展と、逆行する分断主義
d) 利益至上主義の交換経済の限界

どれも人類が直面した大きな課題です。コロナ禍を契機に、今後 全世界が連携して対応しなければ解決できないものばかりです。

本稿では、半世紀近くキャッシュレスに実務畑で携わってきた筆者が、 「交換経済とキャッシュレス」を切り口に、“おカネの形態と価値は、これから どうなっていくか、いくべきか“という難問について、時空横断的に連載形式 で挑戦します。

コロナ禍での消費者意識

ピーク時は、使い捨てマスクや消毒・殺菌アルコール  が店頭から姿を消し、どこのドラッグストアに行ってもひとつも買えない時期が続きました。

偶然ネット通販で見つけても、10倍以上に暴騰していました。

外出自粛の中で、お金を使う場所もほとんど無くなり、「そもそもお金って何だろう?」と考えた経験はないでしょうか?

また、収入が減り「これからの生活はどうなっていくのか?」という不安に襲われている方も多いと思います。

ちなみに、ネオマーケティングというリサーチ会社が4月に行った新型コロナ危機下の消費者意識調査で、3年前と項目別に比較した結果を発表しています。健康とお金、とりわけお金への不安が増大しているのが目立ちます。 

withコロナで消費者意識はどう変わる?2020年ライフスタイルに関する調査

調査項目:Q7. あなたが「悩みや不安を感じていること」をお答えください。(複数回答)
調査対象:アイリサーチ登録モニターのうち、全国の20歳~69歳の男女を対象に実施
     有効回答数:2000名(性年代別:各200名)
  調査実施日:2020年4月14日~15日

お金とは?

では、このような非常時に強く意識するお金とは何でしょうか?
通貨の発行元である日本銀行は、お金を下記のように解説しています。

「取引の際に、商品の交換手段として使用され、人々の間で通用するようになったもの。貨幣は通貨とか、日常的には「お金」とも呼ばれている。いずれもその意味はほぼ同じであるが、貨幣は商品やサービスの円滑な交換や流通のための物体・媒介物という意味が強い。」(日本銀行中央広報委員会ホームページから引用)

知るぽると「貨幣(money)とは」

確かに、通貨(現金)は、古来商取引の媒介物として活用されてきました。

物々交換より汎用性があるからです。石や貝殻などから始まり、そのうち国家 が貨幣を発行し、税金を収納する手段として流通させてきました。

スタイルは、金・銀・銅などの硬貨から発行効率の高い軽量紙幣へ、そしてクレジットカードなどの電子決済(キャッシュレス)へと様々に進化してきました。

しかし、キャッシュレスと言っても、現金決済をなくすだけです。お金の 価値は変わりません。では、どういう根拠で評価されるのでしょうか?

一般的には、収入は労働時間の対価として生まれます。時間単価は、所属企業の経営状態から割り出されます。

しかし、労働も商品も一律ではありません。資本主義経済では、労働と商品の 対価を決めるのは「需要と供給のバランス=市場の原理」です。確かに、今 回の新型コロナ危機での使い捨てマスクの暴騰は、市場の原理の典型を見せつ けられる思いがしました。しかし、何かが異常で、納得感がありません。

一方、各種カードポイントがマネーの一種として通用していますので、労働の対価だけがお金ではなく、独占的な支払い単位でもなくなってきました。

さらに、モノをグループで共有する「シェアリング・エコノミー」が進み、所有の交換を基本とする資本主義の経済原則まで変わり始めています。

現金(貨幣)は重宝ですが、手元から離れると、以降の移動経路が分からなくなるため、脱税や各種犯罪に悪用されてきたのも事実です。

21世紀に入り、ITの進化で“安心・安全な社会”を目指して、キャッシュレスが世界の主流になりつつあるのは、便利であるだけでなく、マネー移動履歴の可視化ができるからです。

実際、お隣韓国では新型コロナ感染源の特定化について、国民個々のキャッシュレス決済履歴が活用されました。キャッシュレス化率が90%に迫る韓国ならではの事例です。加えて、衛生面と利便性が評価され、図らずもキャッシュレスは日本でも普及加速しています。

おカネは、未来に向けていったいどうなっていくのでしょうか?

新型コロナ危機下での消費者価値観

(ニッポン放送ニュースオンライン画像)

また、新型コロナ危機の最中の今年4月24日~27日にかけて、日本リサーチセンターが行った消費者意識調査結果が発表されました。他にも、様々な消費者意識調査が発表されていますが、私にはこの調査結果がとりわけ印象的です。

質問:「あなたご自身やあなたの生活にとって、現在、必要でないと思うもの
(選択方式。重複回答可)。母数:全国NRCサイバーパネル会員10,932名)

日本リサーチセンター「「必要ないと思うもの」は?
現在、必要でないモノは? トップは「学歴」 – ITmedia ビジネスオンライン

ちなみに、世代別・性別内訳が下表です。

団塊の世代として、従来の価値観に縛られてきた私には、かなりの衝撃でした。

100年に1度という非常事態の中で、日本人の価値観が先鋭化した興味深いアンケートです。平常時の意識と同じもの、違うものが混在していると思いますが、特に印象的な回答結果について、消費者の心理分析をしつつ、私なりの感想を述べてみます。

1) 学歴

日本社会は、明治以降長い間東京大学を頂点とする学歴が、日本の政治・経済・文化のほとんどを支配してきました。その進学競争の結果次第で、若くして人生の勝敗が決まると信じられてきたからです。就職、結婚、出世、年収、マイホーム取得、退職金額や年金に至るまでです。

こう書く私は、第一志望の国立一期校に落ち、一浪して再度落第し、当時“駅弁大学”と揶揄された地味な地方国立大学にやっと入れました。

どちらかというと“負け組”だった私は、悔しさを引きずる暗い学生時代を過ごしました。

しかし、卒業後は悔しさをバネにガムシャラに働きました。好運にも恵まれ、気が付けば、50代の働き盛りころには、有名一流大学卒の同僚とも対等に接し、優秀な部下に助けられ、学歴コンプレックスからいつの間にか解放されていました。

大学卒業から30年以上かけて、負け犬根性からやっと脱却できましたが、「貴重な青春時代を返してほしい」というのが偽らざる本音です。

その体験もあり、この調査で60代のシニアで「学歴不要」と答えた方が二番目に多い結果に、いろいろ考えさせられるものがあります。

おそらく、高学歴でも1990年代のバブル崩壊で激しくなったリストラ等の不運に遭遇して脱落し、不本意な人生を過ごしてきた方もいるでしょう。また、逆に低学歴でも努力と好運で成功を収め、所願満足な人生を達成した方もいるでしょう。

“子供は親の鏡”と言います。若い世代は、上記いずれかの親の背中を見て育ったので、「学歴不要」と答えた人が多かったのかもしれません。

2) 資格

日本では、医師・弁護士・会計士という国家資格を代表として、資格取得が成功への近道でした。民間資格まで含めると3,000種類に達するそうです。それを不要とみなす世代がこれも60代に際立って多いことは、皮肉です。確かに、国家資格だけでメシを食える時代は、いつの間にか終わりました。

例えば、弁護士です。国の奨励策の結果、今や弁護士過剰時代のようです。

また、今まで比較的優位性を保ってきた医師も、雇用契約形態によっては給与が予想外に低く、新型コロナ対応では命がけの治療活動にあたりながら、自ら感染したり、家族ぐるみで差別され、苦労が報われぬ事例も多く聞きます。

また、来院患者数の激減で8割の病院が経営悪化に陥っているとも聞きます。他の資格の多くも、以前の威力を失っているように思えます。

3) 車、TV、クーラー(3C)

イラスト:「わさび」

資格と言えば、自動車運転免許が国民に一番なじみの深い資格ですが、今回の不要なもの調査では、何と「車自体」が総合3位、20代ではトップにラン キングしました。さらにTV本体と放送も7~8位を占めています。

1960年代半ばに、車やテレビは、「Car,Cooler,Colortv」の頭文字をとって “憧れの3C=3種の神器”(ステータス)と称されたものです。隔世の感があります。
(ただし、今回は外出自粛宣言下での意識調査ですから、車不要感が一時的に急増した誤差がありえます。)

ちなみに、東日本大震災の翌年平成20年(2012年)にキャリアデザインセンターが「消費者が欲しいもの」を調べた資料があります。 

※引用元;「Type

当時20~30代の男女(現在は、20~40代)。今回調査資料と重ね合わせると、立体的に把握しやすくなります。

4) マイホーム

最近の日本リサーチセンター調査では、マイホームは「不要なもの6位」です。

キャリアデザイン社調査では、家(マイホーム)が人気トップでした。調査時点で、8年間の隔たりがありますから、時代の変化かと思いつつ、そのギャップに戸惑うばかりです。

マイホームへの継続的意識調査資料が見当たらないので、関連する公的資料を参考に、その背景をさぐってみます。

➀住宅供給

平成20年(2008年)のリーマンショックで、住宅着工は一気に冷え込みました。しかし、アベノミクスの景気浮揚策や東京オリンピック効果もあり、ここ数年かなり回復しています。(住宅金融支援機構)

➁住宅価格の上昇

一方、マンションを中心に住宅価格も上がり始めました。(国土交通省資料)

みんなのリハウス

③新築マンション購入の対世帯負担率

それに伴い、人気の高い新築マンションの対世帯年収負担率は、2011年ごろから急上昇しています。加えて、このころから加速した非正規社員の増加も大きな要因と思えます。

 

(「ナレビ」)

つまり、平成20年(2012年)ころは、住宅取得がまだ手に届くレベルにあったのですが、非正規雇用社員にとって長期の住宅ローン返済が見通せない状況下、「マイホームは不要というより、“高嶺の花”になった」のかもしれません。無理して買っても、バブル時代のように住宅価値の上昇という期待感も消滅し、諦めざるをえないとしたら、デフレ日本の過酷な現実です。

5) パソコン

今回調査で、「パソコンとメールが不要」という回答も多く、驚きでした。ここ3年でスマホがパソコンに代わって通信機器の普及トップに立ったからでしょう。(下表は、総務省資料抜粋。全体詳細は、そちらを見てください。)

6) 「本」、「生命保険」

これは、「今無くても、とりあえず支障ない」という意味では、ごもっともです。しかし、これらをおろそかにすると、長期的には必ず重いツケが回ってきます。その理由を語ると長くなるので、いつか別の機会にお話しします。

7) その他

日本リサーチセンター調査で、「この中で、必要でないものはない」と答えている人は32.6%います。「いずれも、実際に消滅したら大変だ」と現実を冷静に受け止めた慎重な回答と思えます。

今回のまとめ

今回は、これで一旦終了します。

さて、新型コロナ危機下、ネオマーケティング社の調査で二番目(項目数の多さでは実質1番目)に不安視され、日本リサーチセンター調査では「不要なもの  最下位(最も必要)」と認識されたお金。

解説が一番難しいお金ですが、「日本人の価値観が、これからどのように変化していくのか?」を占う上で、分析を避けて通るわけにはいきません。

もちろん、単なる分析ではなく、明るい未来を描く提言として、次回からじっくり語ってみたいと思います。

お楽しみに。

PROFILE

小河 俊紀