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マネーの未来
第10回(最終回)「物質万能主義の終焉と、マネーの未来」(後編)

著者:小河 俊紀(おがわ としのり)

カード研究家。
1972年富山大学経済学部経済学科卒業。(株)日本クレジットビューロー(現ジェーシービ)入社。カード基幹業務全般に従事。総務部調査役。1990年ヤマハ(株)入社。製造・卸・小売業における顧客囲い込み戦略推進。2008年に経営コンサルCard Seekを創業。現在に至る
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はじめに

当連載は、今回で最終回です。新型コロナ禍の発生と緊急事態宣言を契機に、昨年6月から毎月継続してきました。新規感染数は一旦沈静化したものの、年末から爆発的に再拡大したため、年明けから2回目の緊急事態宣言となりました。本稿執筆時点(3月7日)で1都3県が再延長になり、予断を許しません。

早期の収束を祈りつつ、未来のマネーについて私独自の仮説的提言を述べ、当連載を締めくくりたいと思います。

従来の資本主義の限界

前回で著書を引用させていただいた多摩大学大学院の田坂広志名誉教授は、量子力学の視点に立ちながら従来の資本主義の限界と好ましい未来像を、最近のインタビューで語っています。
共感する点が多く、少し長めに引用させていただきます。

出典:田坂広志インタビュー – 田坂広志・パンデミックの未来は、「デュアルモード社会」にシフトせよ – FQ (Future Questions) – Yahoo! JAPAN

社会のすべての分野でパラダイムが変わるべき時代に、「このコロナ禍が過ぎれば、これまでの生活に戻れる」と考えるのは希望的観測でしかない。これから、政治制度、行政機構、事業形態、サービス形態、労働形態など、あらゆる仕組みを転換させる必要がある。」(中略)
「いかなるパンデミックにも耐えうる『デュアルモード社会』を築くためには、『目に見えない資本』を重視する新たな資本主義への変容が求められるのです。」(中略)
「残念ながら、『日本型資本主義』と『日本型経営』の根底にあった、宗教的とも言える深みのある思想や価値観を、日本の経営者は見失いつつあります。それが、近年の様々な企業不祥事に繋がっています。そうであるならば、今こそ、我々は『日本型資本主義』の原点へと回帰すべきでしょう。」

日本型資本主義の典型「富山の売薬」

「目に見えない資本を重視する日本型資本主義」の典型を、まさに富山の売薬商人道に見ることができます。

「礼を尽くす」、「売ろうとしない」、「顧客と親戚付き合い」、「研究熱心」、「付加価値(+α)」、「ルールを守る」、「勝てる場所に行く」

森田裕一著、『富の山の人」P.148

江戸元禄時代に、互助の統制ルールで「仲間組」という全国ネットワークを編成し、幾多の困難を乗り越え全国庶民に置き薬を届けてきました。明治以降も生き続け、実に330年の歴史です。文字通り日本的で、眼に見えないもの(特に、人間関係)を大切にするビジネスモデルです。

ちなみに、富山県には売薬業の影響を受けた個性的な優良企業が多岐に存在します。

※代表例)・北陸電力(豊富な水力発電で北陸地方を広域カバー) ・北陸銀行(地銀第2位)・インテック(情報ネットワークIT大手) ・不二越(ベアリング・産業用ロボット製造大手) ・三協立山(建材製造大手) ・YKK(ファスナー世界シェア50%)・スギノマシン(掘削用ウオータージェットポンプシェア45%)・光岡自動車(オーダーメイド自動車製造)

もちろん、伝統の医薬品生産額で、富山県は今も日本1~2位を堅持しています。

出典:日経新聞 医薬品生産額、富山が2位に 17年 静岡に首位譲る: 日本経済新聞

宗教的良心=山岳信仰が生んだ信用と富

富山の売薬業者は、生命を賭して高品質な薬を全国に届けてきました。打算だけではできない商売を、なぜ継続できたのでしょうか?

前回連載で、「富山売薬のルーツは、霊峰立山の山岳信仰」という解説をしました。つまり、宗教的慈悲心・克己心がなければ絶対にできない壮絶な難行から売薬は生まれたのです。「顧客の利益(健康)を優先し、対価受領はその後」という先用後利哲学は、宗教的利他心が基礎にあります。それが、文字通り後利(功徳)となって、地味ながら今も富山県民の資産として生き続けています。

派手さはないものの、安定度・富裕度にかけては誰もがうらやむような暮らしぶりが見て取れる。それでいて、バブル的な要素とは ほとんど無縁なのが、いかにも伝統的な日本人らしい。

【富山県の県民性】広い家に暮らす余裕は勤勉と着実な生活力の証 | おもしろ県民性データブック | ダイヤモンド・オンライン

事実、全国都道府県住みよさ幸福度総合ランキングでは、富山は常に上位を占めてきました。特に、「教育、生活」分野です。

出典:令和初公表!47都道府県「幸福度」ランキング | 住みよさランキング | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

ちなみに、教育レベルの高さは富山売薬の遺産です。全国諸藩の武士・庄屋等の要人と会った際に対等に話せるよう、彼らは子供のころから寺子屋で様々な教育を受けていました。その代表格が日本三大寺子屋と称される「小西塾」です。明和3年(1766年)に創立され、私塾ではありながらピーク時には800人の売薬子息が受講したそうです。明治32年(1899年)の廃校までに門をくぐった生徒総数は実に1万人! ちなみに、2017年の東大進学率県別ランキングで、富山県は第4位です。
出典:人口比別「難関大学」合格者数ランキング 東大は東京、京大と阪大は奈良 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

また、おカネを無駄にしない心得は、持ち家率と居住面積の広さを向上させ、秋田県と並んで常に全国1~2位を誇ります。

出典:統計局ホームページ/統計Today No.152

さらに、年収から社会保険料を差し引いた「可処分所得」でも上位です。

出典:可処分所得が多い都道府県は? – ランキングで意外な結果が明らかに – 地方の生活コストは本当に安いのか? – FPが地方に移り住んで感じたこと(3) | マイナビニュース

そのためか、生活保護受給率は、全国で最も低くなっています。

出典:生活保護受給率(都道府県データランキング)

資本主義の未来と第四次産業革命」

それでは、日本型資本主義の発展的継承を念頭に、次世代の経済・社会構造を考察していきます。

別表は、私が3年前の2018年(平成30年)に作成し、放送大学の面接講義や、近著「キャッシュレス社会と通貨の未来」(民事法研究会 P.18)等で発表したものです。

第一次産業革命~第三次産業革命に至る推移と、第四次産業革命の予測です。人工知能と量子コンピュータの登場で、人類は間もなく本格的な第四次産業革命を迎えると見込まれます。(人工知能は、製造業や金融業などで既に活躍し始めています。)第四次産業革命によって、画一商品の大量生産型資本主義は終わり、有形・無形の多様な個性を生かす「価値主義」に移行していくでしょう。同時に、フィンテック(Fintech)の進展で現金通貨は暗号通貨になり、電子コンピュータは量子コンピュータに置き換わっていくと予測されます。

出典:量子コンピュータって実際のところ何? NECもアニーリングに注力:製造ITニュース(1/2 ページ) – MONOist

量子コンピュータは、従来の電子コンピュータと違い、いくつかの課題を並行的に演算処理できるので、人間の頭脳に近いと言われています。

実際、既存のスーパーコンピュータが約1万年かかるような特殊な問題を、Googleの量子コンピュータでは3分20秒で解いたそうです。量子コンピュータの超高速の演算力と、人工知能の緻密な判断力をもってすれば、未来は劇的に変わるかもしれません

画像出典:量子物理学 波 粒子 – Pixabayの無料画像
   

例えば、脳科学の発達で、コンタクトレンズなどを介して脳の信号(思考内容)をリアルタイムにキャッチし、インターネットで遠隔地のモノを操縦するIOT( Internet of Things)も可能となります。医療分野では、義足や義手などで既に実証実験が始まっています。

心まで監視された社会は怖い!」と思われるかもしれません。それは、今の社会構造の欠陥からくる不安です。

もうひとつの人類破滅脅威「シンギュラリティ」

出典:破壊的な変化「シンギュラリティ」への今後を生き抜く – 法と経済のジャーナル Asahi Judiciary

人工知能は、従来の一方的なプログラミング方式と違い、親の背中を見て成長する赤子のように、接するヒトの考え方を真似て自動的に深層学習します( Deep Learning)。もし、親が良心の乏しい人格なら親を襲うような魔物に育ちます。例えば、人の職業の大半を奪い、失業率の増大で所得格差が極端に拡大する危険性をはらみます。それが「シンギュラリティ」(人工知能が人類の知恵の総和を超える技術的特異点)と呼ばれ、地球温暖化とは別の意味で人類存亡に関わる深刻な課題なのです。

ですから、鉄腕アトムのような温かい良心をもった人工知能を今から育てるしかありません。それには、お手本となる人間自身の成長が不可欠なのです!

人類の成長とは?

ニューヨーク市立大学の著名な理論物理学者であるミチオ・カク教授が、世界の一流科学者300人へのインタビューをまとめた大著「2100年の科学ライフ」(NHK出版)の中で、こう述べています。

文明のうわべを剥ぐと、原理主義や派閥主義、人種差別、不寛容などの力がまだ働いていることがわかる。人間の本性は、過去10万年にわたってあまり変わっていない。

(P.434)

人類は、ホモ・サピエンスに進化して10万年と言われますが、実は生物学的に成熟していないため争いが絶えないのだそうです。とりわけ、ここ300年の科学&物質文明の目覚ましい進化に、人間自身の人格成長が追いついていない、という指摘です。

科学の限界と、宗教の果たす役割

今回の執筆にあたり、私は量子物理学の解説書をいろいろ読み漁りました。難解な内容が多いですが、「科学の限界をカバーする宗教的価値観の必要性」を肯定的に捉える科学者が少なくありません。

科学は、物事は何であるかは決められるが、どうあるべきかは決められない。だから、科学の領域を超えた価値創造が依然として不可欠なのだ。

アルベルト・アインシュタイン

私たちは神のような力を持つようになりつつありますが、欠けているものもある。私たちが神のような力を持つのであれば、聖書に出てくるソロモンのような知恵を持たなければいけません。

ミチオ・カク、ケヴィン・ケリーが語る100年後の未来

「最先端の科学の知見」と「最古の宗教の直観」の間に起こっている不思議な一致に気が付く

田坂広志「運気を磨く」光文社新書P.94

我々の人生を導いている「大いなる何か」とは、実は、我々の心の奥深くに存在する、深い叡智、最高の叡智を持った「我々自身」に他ならない。

同P.229

結束の固い個人集団が、皆で心と物の源にある統一場を刺激すれば、世界に平和と統一の確固たる波を築ける

「超次元の成功法則」江本勝監修、ビジネス社P.285

では、高度なテクノロジーと融合できる価値観とは何でしょうか? 以下は、“誰も置き去りにしない社会” を前提に、私が考える定義です。

1) 普通の日常生活の中で、誰もが実践できる自己練磨と利他行  動を論理的に説いており、その実践効果を当事者本人が実感でき、かつ関係者が認知できる。
2) 対象範囲が、国籍・人種・政治・経済体制を超え、地球規模であること。

未来のマネーとは?

人工知能に良心が装備される前提で、そろそろ「未来のマネー像」について、(一部、空想を交え)持論を語りたいと思います。

私は、ちょうど半世紀にわたるカード業界経験において、個人信用情報の重要性を骨身に染みて感じてきました。富山の売薬商人の「先用後利」という信用哲学に共鳴したのは、その体験からです。

近未来、人工知能が量子コンピュータと連携して、人間個々の創造性を漏れなく精緻に評価し、その社会貢献度(信用性)に応じて量子マネーを公平に配分できるなら、人材が幅広く活用され、貧富の格差は縮小し、社会活力が高まるはずです。「時給」という概念は消滅していくかもしれません。

ちなみに、量子マネーに期待できるのは、主に2点です。

超安全なセキュリティ

量子コンピュータは、高度で複雑な暗号を生成できるので、解読不可能といわれ、未来マネーの最適性を備えています。

出典:量子マネーの気配 | HPCwire Japan

2)匿名性の排除

現金は、「どこの誰が、いつ、何の目的で使用したか?」が分からない匿名性を持ちます。それが、商取引の利便性・汎用性を高め経済の発展を促してきましたが、一方で富の偏在を招き、脱税や汚職、マネーロンダリング等の犯罪を生んできました。

もし、この量子マネーがブロックチェーン技術で連結構成できると、おカネの流れを迅速に可視化することが可能になります。

※参考引用 量子コンピュータはブロックチェーンの敵か救世主か?

1999年に誕生し、EU28加盟国のうち19カ国、約3億4,000万人が使用する「ユーロ」が実在するように、いずれ世界の通貨は統一され、量子マネーの発行・管理を世界各地の国際通貨銀行(仮称)が担う時代がやってくるかもしれません。個人・法人の信用情報を管理する専門機関と連携すれば、商取引の決済や報酬の配分、税の徴収も迅速に遂行できる、と私はかなり先走って夢想しています。

ちなみに、下のマークは、私が想像した未来の世界通貨単位「サンク」です。「感謝」を語源として命名し、イメージ化しました。

終わりに

この連載は、“時空横断的連載”とのうたい文句を裏切らず(?)、ここ500年の日本史と、量子物理学や宗教の宇宙観、未来の世界共通通貨まで持ち出し、一見天空を駆けるがごとくでしたが、むしろ地下トンネルを掘るような作業の連続でした。ために、違和感を覚えられる個所も多々あったと思います。ご容赦ください。

なお、私的には思いがけない副産物がありました。青春時代は嫌いだった故郷富山に、強い誇りをもてる心境変化が起きたのです。

本稿の結論を要約すると、「自己統制力が強い人間が増え、個性と創造性を尊重し合う共生社会ができるなら、人類の未来は明るい」ということです。

最後に、当連載の9~10回目執筆にあたり、いろいろと参考にさせていただいた原子力工学者 田坂広志先生の下記の言葉を引用し、当連載を終えます。

これから人類の意識が進化を遂げ、ある段階に達したとき、戦争やテロもなく、環境破壊もない、今より数段優れた社会が生まれるのかと思います。そして、そのとき、我々人類にとって、本当の歴史が幕を開けるのでしょう。

巻頭インタビュー記事より抜粋

最終回まで辛抱強くお付き合いくださった読者の皆様には、心からお礼を申し上げます。お元気で!

筆者  小河俊紀

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小河 俊紀