「キャッシュレス」と言えば、ポイント還元などお得なイメージがありませんか?
しかし、川野祐司教授は「キャッシュレス化の本当の意義はそうではない」と話します。
あまり深く知られていないキャッシュレス化がもたらす本来の意義について川野教授に分かりやすく教えていただきました。
キャッシュレス化協会の代表理事就任から取り組みについて
――そもそもですが、どうしてヨーロッパ経済、国際金融論を専門とされる川野さんがキャッシュレス化協会の代表理事に就任されたのですか?
川野教授:この協会に出資して頂いている人が私の本を読んだことがきっかけです。その内容に共感してもらって、一度講演してくださいって言われました。
川野教授:そのセミナーのときにこれからもこの協会に関わってほしいと言われたので、いいですよと。
ただし、私は大学の人間なので多くの人に情報をお届けする啓蒙活動を行うことでお手伝いしたい、ということはお伝えしました。
当時は協会のホームページもいろいろな取り組みをしようとしていましたが、私色に変えさせていただきます、と。
派手さはないですが、今の日本ではなにが起きているのか、みんなが知りたい情報を発信する、ホームページに変わりました。見た目は地味ですが、多くの人に役立ててほしいともいます。
協会のホームページでは、コンテンツ作りで少し苦労しています。私は「キャッシュレス化で社会問題の解決を」と提唱していますが、そのような活動をされている方々にもアクセスしていただいて、協会ホームページで情報発信してみませんか、と呼びかけています。
協会には『キャッシュレス生活』というサイトもあります。私は関与していませんが、キャッシュレスに関する話題や動画などがあります。
――キャッシュレス化協会では「研究会」を過去4回開催されていますよね。
川野教授:研究会は協会での私のメインの活動です。研究会なかなか面白いです。例えば、前回の「アクアコイン」という地域通貨をテーマにしたときは色々な人が参加してくれました。企業の方やジャーナリストの人も来てくれました。
皆さん地域通貨には非常に高い関心があるけど、自治体が扱うのであまり情報がないんです。
研究会では様々な分野、業界におけるキャッシュレスの取り組みについて説明してもらっています。2020年2月の研究会は、宿泊施設のキャッシュレス化に関わる企業さんに講演してもらう予定です。
キャッシュレスの現状~普及しない2つの原因~
――キャッシュレスを広めたいという思いがあって代表理事に就任されたと思うんですけど。現状はどうでしょうか。
川野教授:広まってないです。それには2つ原因があります。
1つは都会の人達だけがやっていること。キャッシュレス化40%とか、数字だけを追いかけるからそうなってしまう。
都会が人は多いですから。都会に集中するコンビニをキャッシュレス対応にするだけでも、20~30%は達成します。これって意味があるんですか、というのが私の問題意識です。
私が世界のキャッシュレスを研究して分かったのは、キャッシュレス化が経済的な立場の弱い人たちの役に立つということです。
例えば、発展途上国のケニアはすごくキャッシュレスが広まっています。
首都のナイロビだけでなく、田舎でも電気もきてないのに携帯やスマホは持っていてキャッシュレス決済ができる。日本の田舎はどうですか?
――都会ほどは普及していないですよね。
川野教授:そうですよね。田舎の方は銀行の支店はどんどん閉まっていて、コンビニもそんなにありません。だから、ATM でお金を下ろすのも大変です。
そもそも給料や年金は銀行振り込みというキャッシュレスで受け取っています。私たちはそれをわざわざ現金に交換して使っています。みんなが車を運転できるわけではなく、現金を手に入れるのが難しくなっている。それってキャッシュレス化で解決できませんか、と問いたいですね。
――協会のホームページにも書いていますが、キャッシュレスは社会問題を解決するために存在している。
川野教授:はい。キャッシュレスは本当に社会の役に立ちます。
社会の問題を解決する。流行り物とかそういうことではなく、そこが大事なんだと。
私たちの生活や社会をもっとよくするための手段です。その意味で見ると日本何やってんですか?という話なんですね。
――キャッシュレスの事業、政策自体も都会がメインですよね。
川野教授:もちろんビジネスとしてパイが取れるところで展開するのは分かります。でも、それだけだけではダメです。
キャッシュレスを「誰のために、何のためにやるんですか」という視点が欠けています。
キャッシュレスというのは私たちの支払い行動がデジタル化することに意味があって、デジタル化されたデータを利用して私たちの生活を改善するための道具です。
講演でいつも一番最初に言うのは、キャッシュレスは広いんですよ、みなさん狭く捉えていませんかと。
――ポイントキャンペーンに頼っているという意味でしょうか。
川野教授:はい、それが普及しない2つ目の原因ですよ。
日経新聞の記事にありましたが、ユーザーが一番評価しているのはSuicaなんです。
なぜならピッと押すだけで簡単に使える。ポイントはほとんど付かないけど使えるお店も多いから利便性は優れている。ユーザーはポイントよりも利便性を重視しているのです。
――たしかに、いわゆるPay系サービス(QRコード決済)は画面を見せるのが一般的ですし、種類によって使えるお店が限られます。
川野教授:私はそういうPayサービスは全滅しますよ、と言っています。ポイントの高さは専門家から評価されています。でも結局は“Pay戦争”って値引き合戦なんです。
「ポイントがお得だから」では一般の人は全然評価しません。
Pay系サービス事業者はお客さんを囲い込みたい、データがほしいという目的であれだけ赤字を出してキャンペーンをやっている。
データから収益を上げるのは非常に難しく、GAFA企業は特別な存在です。ポイントによる赤字分を取り返せるところはほとんどないでしょう。
個人的には日本のPay企業の中には一社もないのでは、と危惧しています。そのうち赤字に耐えきれなくなって、撤退することになるでしょう。
「キャッシュレス・ポイント事業」は全然ダメ
――昨年10月から始まった「キャッシュレス・ポイント還元事業」に関しては、どう思われますか?
川野教授:あれは最悪! 本当にひどい政策です。どこが問題かといいますと、キャッシュレスのポイントを消費者に還元するという制度設計です。
先ほど言った通り、ポイントではなく、使えるところを増やさないといけない。地方の商店街とかは全然使えないです。そこを増やす必要があるわけです。
ポイント還元事業は、Pay値引き合戦と同じ発想で、社会をどのように導きたいのかビジョンが全くない。
――お店側にメリットがない?
川野教授:そうです。今の制度を利用すると、キャッシュレスを導入するお店側の初期費用は無料になるんですね。
でも、毎月の決済手数料は払うわけです。しかも6月なったら決済手数料が上がるんですよ。
それだと導入しない。ポイントはお店に還元しないとダメなんです。
初期費用もランニングコストもかかりませんよ。それで9カ月間試してみてください。便利だと思ったら続けてくださいね、という制度設計なら、もっと多くの店が導入したでしょう。
日本のキャッシュレス化が進めるには、個人商店とか小規模店とかをターゲットに政策を打つ必要があります。政府の目はどこに向いているのでしょうか?
その意味では、ポイント還元事業後のマイナポイントもひどい政策です。これまでポイント還元事業に参加していたお店は、新しくマイナポイント制度にも申請し直す必要があります。政府の縦割り行政の弊害ですね。
なぜデータを共有しないのか。使う人の利便性を考えていないからです。
私の本では「デビットカードが本命」と書いています。
なぜならデビットカードは店側の手数料をいくらでも低く設定できます。外国では、クレジットカードの手数料の3分の1とか5分の1というケースもあり、1回当たり5円程度のサービスもあります。
今の日本で広く普及しているVISAデビットはクレジットカードの手数料になってしまいます。お店が導入しやすいキャッシュレスサービスから広めないとダメなんですよ。
繰り返しますけど、消費者が一番評価するのは利便性です。利便性=使える店を増やさないとダメなんです。
結果的に、新しく使い始めた人は少ないんですよ。統計でみても17%程度という話です。
キャッシュレス比率を高めているのはコンビニでクレジットカードを使っている人たち。田舎のおじいちゃんおばあちゃんの参加は増えていないんです。
キャッシュレスの未来予想図
川野教授:支払い履歴がデータとして残れば、家計簿だって自動的に作られると思うんです。
他にも「あなたは今年の貯金の目標に到達していませんよ」、場合によっては「毎日ラーメン食べていますけど糖尿病になりますよ」のように支払いデータでその人の生活を良くすることができる。
健康に悪い生活をしていると家計簿アプリが支払いを拒否してラーメン屋に入店できないとか(笑)。ちょっとムカッと来ますが、技術が私たちの生活を改善してくれる。技術を生かすためにはデジタルデータが必要で、キャッシュレス化がそこで役立つわけです。
――キャッシュレスは現金を持ち歩かなくてもいい、だけがメリットではないわけですね。
川野教授:私はバンドルサービスと言っていますけど、ただ払うのに小銭がいらないですよってだけではそんな大したことないんですよ。
もっとプラスアルファの価値を付けられるんです。
例えば、“おばあちゃんの見守り機能”として使える可能性だってある。
おばあちゃんの買い物が1日か2日止まった、何も払ってないなんて何かあるかもしれない。そこで自治体と子供にアラートが飛ぶような機能です。
――なるほど、面白いですね。
川野教授:最近政府はマイナンバーカードの利用で、医療費控除の手続きを簡素化しようとしていますよね。
何だったら処方箋やお薬手帳、アレルギー情報もマイナンバーカードに登録すればいい。
それなら、ファミレスなんかのタブレット端末のメニューにそのマイナンバーをタッチすれば、アレルギーのあるメニューは全部消える。
それに支払い機能も付ければ、お店は先にお金払った人に優先的に食事を出すから食い逃げも防止できる。
教育現場でも活用できますよ。例えば学校の給食、生徒のアレルギー情報を担任の先生が30人も40人も把握するのは難しいです。
カードをかざすと食べられないメニューが分かり、食べ間違いによる事故を無くせます。
今の給食費の制度では、食べた人も食べない人も同じ料金を支払っています。アレルギーや体調不良で食べられないお皿があればその分は割引するのが本来の在り方です。
今は技術的にそれが難しいので、毎日出席する子供も病気で欠席が多かった子供も同じ料金を支払っています。
カードにあらかじめお金を多めにチャージしておいて、毎日食べた分だけを清算する。基本的に1ヶ月2000円だとしても、人によっては1800円になるかもしれない。
いっぱい食べたい子供はちょっと多めに払えばいい。そうすると、1人1人の子供が何を食べたのかのデータも残り、食育にも役立てられそうです。
つまり、技術の力で問題を解決していくわけです。
日本は銀行がダメ!海外はもっとキャッシュレスが進んでいる
――日本は海外に比べてキャッシュレスが普及していないわけですが、例えばケニアなんかはどうして普及しているのでしょうか。
川野教授:ケニアは少し特殊なんですよね。実は、キャッシュ化が進んでいない。
通常はキャッシュ化が進んだ後にキャッシュレス化が起こります。でも、ケニアはキャッシュ化と同時にキャッシュレス化が進んでいる感じです。
というのも、ケニアは一部の大都市が発展しているだけで、地方に行くとライオンとかキリンとかがいるような国です。
地方に行くとATMを置ける場所が少なくなり、現金を下せる場所が極めて少ないわけです。
発展途上国では起こりうることですが、インフラが整う前にソフトウェア産業が広まる。Wi-Fi、電波を飛ばせばいいわけですから。
技術が一足飛びに普及することをリープフロッグ(カエル飛び)といいますが、キャッシュレスの分野ではまさにこれが起こっているわけです。
北欧でキャッシュレスが進んでいる理由
――ノルウェーやスウェーデンではキャッシュレスが進んでいます。日本との違いは何でしょうか?
川野教授:日本は銀行がダメ。ノルウェー、スウェーデン、デンマークなどは銀行が中心となってキャッシュレス化を進めています。
スウェーデンでは『Swish』というスマホアプリで決済できるサービスが広く普及していますが、それはスウェーデンの主要銀行が共同で作りました。
「○○銀行はライバルだから違うのを作る」なんて言わないんですよ。なぜならそれがユーザーのためだから。
ノルウェーの『Vipps』というキャッシュレスサービスもDNBという銀行が作りましたが、他の銀行も全て相乗りしていいよとオープンにしました。
同じことを日本(の銀行)ができるかというと、できなさそうな気がしますよね。「ライバルとは違うサービスを作ろう」とかいいそうです。
人々にそう思われていること自体、アウトという感じがします。Pay事業者と同じで自分のことしか考えていない銀行はそのうち消えるでしょう。
キャッシュレス化推進のために事業者がやるべきこと
川野教授:今日本のキャッシュレスのサービスで私たちの生活を改善するものは何かありますか? 私は厳しい見方ですが「ない」と言いたいです。
普通のクレジットカードがまだマシなくらいです。あとはSuica。でもSuicaはチャージがもっとしやすいようにならないとダメ。
あと、東京にいると気付きませんけど、SuicaやPASMOなど交通系電子マネーは互換性がないです。地方で使えない。
――キャッシュレス普及のために、まずは互換性を高めるべきですか?
川野教授:はい。端末は進化していますから、1つの端末で複数のサービスを利用できるけど、サービス同士の互換性がない。
例えば、LINE PayからLINE Payは送れるかもしれないですけど、SuicaからLINE Payは送れない。
ちょっと難しい言葉ですが、異なる電子マネー間でお金を受け渡せないことを「Account to Account interoperability」といいます。
アフリカは電子マネーが今何十種類もある。でも、「Mowali」という異なる電子マネー同士でも支払えるプラットフォームが稼働しています。そこに参加する電子マネーがどんどん増えれば増えるほどいい。
私は本当はサービスは統一した方がいいと思っていますよ。スウェーデンでは『Swish』のように。
(前編終了)
後半は、東洋大学で国際金融論や金融政策の教鞭を執る川野教授に「お金」について語ってもらいました。