キャッシュレス化協会の代表理事にして、東洋大学では金融、経済分野を専門とする川野祐司教授。
このインタビュー後編では、“お金の専門家”と言ってもよい川野教授に「お金」について語ってもらいました。
お金は購買力を表すだけの記号
お金はコミュニケーションツールでもある
お金を資産と考えない
老後2000万円では足りない
これからの「お金」は貯めるだけではダメ、運用が必須
お金を知ることは身を守ることである
川野教授の著書で「お金」を学ぼう
お金は購買力を表すだけの記号
–大学では国際金融論や金融政策を専門にされているわけですが、「お金」をどう捉えていますか?
川野教授:経済学者として言うと、お金というのは購買力を表す、ただの記号です。1000円という記号、その10倍が1万円というだけです。
つまり、お金ってただの道具なんですよ。ところが皆さんそこにすごく感情移入していて、実際に、人生のいろんな問題を引き起こしている。
「お金に汚い」とか言いますが、お金自体が汚いのではなくて、お金を使う人の性格を指す言葉ですよね。お金はちょっと損な役回りを演じています。
–もっと単純視すべきものですか。
川野教授:そうです。私の考える未来の理想像は、人々がお金を知らない世界です。
私がこの本で書いてる未来の世界にはお金がないんです。
川野教授:第6章では小説風に未来の世界を書いているのですが、そこにはお金が存在しません。
だから金持ちとか、貧乏とかもない。お金がほしくて人を殺すとか、騙すとかがなくなる。お金のない社会が一番の理想なんです。
今は想像がつかないでしょうけど、キャッシュレスが進んであらゆる行動がデジタル化されるとお金は単なる数字になります。それを集めるのも虚しくなる。
ただの記号のはずが“魔力”を持つお金
–面白いです。でも今の現実はお金が必要ですよね。
川野教授:もちろん、お金は絶対に必要です。毎日使っているわけですし、稼がないといけない。ただ、そのお金に色んな感情が入ります。入り過ぎているから“魔力”を持つわけです。
「私はお金が大好きです!」と公言しにくいですよね。
でも、お金は私たちの生活に必要です。「私はお金なんかいらない」というとカッコいいですが、お金が本当になければ生きていけない。
もっといい暮らしをしたい、人よりも優位に立ちたい、などの感情がいつのまにかお金に移入されています。
そして、お金は私たちの感情を飲み込んでしまっているのです。それが魔力を生んでいます。
だけど、学者としての立場からは、それは違いますよ、お金はただの記号ですよ。
皆さんはそれに踊らされているだけですよ、と言いたいです。お金は道具ですから、いい使い方をして、うまく付き合っていく必要があります。
お金はコミュニケーションツールでもある
川野教授:最近、研究者の間でも「現金はコミュニケーションツールである」という考え方が出てきました。
日本ではあまり言われないのですが、支払いってコミュニケーションなんです。
「コーヒー代を貸して」「いいよ」とか「昨日のコーヒー代を返すね」というような会話がコミュニケーションのきっかけになりますし、進学のお祝いを現金で手渡ししながら話をする、などのシーンもイメージしやすいと思います。
銀行振り込みではコミュニケーションが難しいですね。
キャッシュレスはコミュニケーションツールとして進化すべき
川野教授:私は現金とキャッシュレスのどっちがいいかという考え方をしていません。道具ですから、現金とキャッシュレスは両立し、必要に応じて使い分けるのがいいと思います。
皆さんも現金のやり取りにコミュニケーションを感じていると思います。その証拠によく言われるのが、「キャッシュレスになるとお店の人とのやり取りがなくなるから味気がない。」というものです。
これからは、キャッシュレスでもアプリ上でメッセージのやり取りができるようになればいいと思います。
お店の人から「ありがとう」とメッセージが届いたり、八百屋から「この大根は煮付けると美味しいですよ」と教えてもらったり。
文字ではなくて、八百屋さんが料理を教えてくれる短い動画でもいいですね。
デジタルでもコミュニケーションはできる。若い世代の人たちは直接話したり電話したりするのが苦手で対面の買い物はハードルが高い。
でもメッセージや動画ならコミュニケーションがとりやすいですね。
お金を資産と考えない
川野教授:繰り返しますけど、お金はただの道具です。「支払い」をするための道具です。
「お金を貯め込む」という言い方があります。生活に必要な分など現金を手元に置くのはいいのですが、キャッシュと資産は違います。
株式とか土地とか高い絵でもいいですが、財産、つまり資産は現金ではなく他のもので保有する必要があります。資産と支払いの道具を分けて考えることが大切です。
必要なお金はその人のライフスタイルによります。幸福度が高い国は日本よりも貧しいことが多いですね。
中途半端にお金や資産がある方が幸福度が下がることも知られています。
「お金、お金」とつい言いたくなりますが、お金のことを忘れている時間が長いほど自分らしい生き方ができるのではないかと思います。
老後2000万円では足りない
–今は人生100年時代とも言われていますが、どういったライフマネープランを立てればいいと思いますか?
川野教授:ライフプランに基づいてマネープランが決まります。。いつ、どこで、何をしたいのか、その計画を立てるのがライフプランですよね。
ライフプランがあって次にマネープランがくる。ライフプランはできるだけ早く立てた方がいいです。
できれば中学3年生くらいのときに考えてみるのがいいでしょう。次に高校2年生くらい。
このときには、なぜ大学に進学するのか、も含めて考えるといいでしょう。30歳の時に何をしていたいのかを想像するのが効果的です。
30歳の自分が決まれば、25歳のときはどうするか、大学卒業時はどうするか、では今の自分は何をするべきか、と逆算して考えます。
マネープランも考えてみましょう。
例えば、30歳で35年ローンを組むと65歳までローンが続きます。30歳で子供が生まれるとその子供が大学を卒業するのは52歳の時です。
48歳から52歳までは住宅ローンと大学の教育費とダブルでかかります。子供が複数いる場合は、一番若い子供でマネープランを計算します。
ちなみに、子供1人で高校卒業までに600-2000万円かかります。
そんな感じでどれぐらいのコストがかかるのかを計算する。日銀が出している資料がありますのでを参考にしてみてください。
私は1年ゼミでライフプランやマネープランの授業をしています。
–最近は『老後2000万円問題』とかも騒がれていますよね。
川野教授:私は2000万円では足りないと思います。私は学生には5000万円を準備しましょうといっています。
–5000万円ですか?! どういう計算ですか?
川野教授:私たちは何歳まで生きるか分かりません。そこで平均寿命よりも長めに、100歳まで生きると考えます。70歳まで働くとすると、残りの30年間の生活費が必要になります。
老後の生活費や医療費などを年金で賄うのは難しいです。年金収入は200万円台が多く、300万円を超える人は少数です。1カ月当たり5万円から10万円が不足します。これだけでも3000万円くらいになります。
さらに老人ホームに入ろうと思ったら、入居金は1000万から2000万かかります。夫婦2人でホームに入ると5000万円は必要になります。
–老人ホームの入居金ってそんなに高いんですね。
川野教授:この前もチラシが入っていましたが1200万円ぐらいでしたね。サービスのいい老人ホームに入るには数千万円必要です。
自宅に住む場合でも、高齢になると自宅の改装費や介護費が必要になります。
これからの「お金」は貯めるだけではダメ、運用が必須
–普通に5000万円貯めるって現実的ではないですよね。
川野教授:貯金だけでは難しいです運用する必要があります。
私の(『これさえ読めばすべてわかる国際金融の教科書』)でも、運用について書いています。まずは、NISA(少額投資非課税制度)やDC(確定拠出年金)、 iDeCo(個人型確定拠出年金)を利用しましょう。おススメです。
DCやiDeCoには所得控除の優遇措置があります。
毎月1万円積み立てると、年間12万円を自分の所得から引くことができ、その分だけ所得税や住民税が節約できます。
税金が安くなるわけですから、それだけでもやる意味があります。
運用はギャンブルではありません。分散投資を心掛けてください。
「1年で2倍にする投資術」などは見てはいけません。ちなみに、私自身が何を買っているのかは秘密にしています。儲かる方法を他人に教えることはありません。
逆に言えば、教えてくれるという人は怪しいと思ってください。
『キャッシュレス経済』の第7章、『これさえ読めばすべてわかる国際金融の教科書』の第11章を読んでみてください。ライフプランとマネープランの基礎が分かります。
–投資もそうですけど、「お金」の勉強って難しいですよね。
川野教授:いい素材で勉強するべきです。「お金のことを教えます」みたいなセミナーがおおいですが、私はおススメしません。
有料のセミナーでは、講師が特定の金融商品を進めることもあります。そんなところに行く必要はありません。
私の本は図書館で借りられますし、「知るぽると」というサイトでは、先ほど紹介した『大学生のための人生とお金の知恵』など様々な資料が無料で読めます。
良い教材、良い先生を探すのが大事です。
お金を知ることは身を守ることである
川野教授:何より皆さんには、お金について詳しくなってほしいです。特に、お金まわりの仕組みについて詳しくなってほしい。投資したくなかったらしなくてもいいです。でも投資の仕組みは知っておいてほしい。
私が金融教育をしている一番の理由は自分の身を守るためです。
今でも詐欺で引っかかる人は沢山います。でも、そのような詐欺があるのを知っているだけでも未然に防げるかもしれない。
もしも引っかかったとしても、誰に相談したらいいのか知っているだけでその後が違います。一人で問題を抱え込むのは本当につらいことです。そうならないためにも知識は大事です。知識は私たちの身を守ってくれます。
–教育現場では「お金」に関する授業はあまりありませんよね?
川野教授:はい、ほとんどありませんね。
金利の計算にしても、実は結構複雑ですよ。住宅ローンで使う金利も多くの種類があり、総返済額が変わります。そういうことを大半の人は知らないですよね。
だから銀行の人が「これお勧めですよ」と言えば、あーそうですかとサインしちゃう。銀行は銀行にとってのお勧めを推してくるので、お客さんにとって必ずしも良いわけではない。
キャッシュレスの文脈(詳しくは前編)でも言いましたけど、キャッシュレスも金融教育も弱い人の立場を強化するためにあるわけです。
まずは知るということが大事なわけです。
川野教授の著書で「お金」を学ぼう
私の著書から3冊紹介します。
まずは『キャッシュレス経済 21世紀の貨幣論』です。これはそれまでの研究をまとめた研究書ですが、一般の人を読者に想定して、分かりやすく伝えるようにしています。文章も翻訳調にしてあります。
キャッスレスにまつわり様々な話題を取り上げていますが、それらを通じて、「お金とはなにか」という問いに応えようというのが本書です。
キャッシュレスは新しいと思われていますが、歴史をひも解くと少なくとも1000年の歴史があります。第6章の最後は私が考える未来の世界、第7章は金融教育について取り上げています。
次は『いちばんやさしいキャッシュレス決済の教本』です。私の最新作になります。世界の動向、キャッシュレスを支える技術、キャッシュレスが進むとどのような社会になるのかなど、幅広いトピックを取り上げています。
私は「キャッシュレスによる社会問題の解決を」と主張していますが、その話題も多く取り上げています。この本をマスターすれば、専門家レベルになりますよ。
最後は『これさえ読めばすべてわかる 国際金融の教科書』です。タイトルの通り、これは大学の講義で使う教科書です。金融の分野を学ぶのは大変で、幅も広くかなり奥深い分野です。
本格的に勉強をするのなら数学や統計学の知識も必要です。
この本では、初学者が浅く広く学べるようにしており、株式や債券などの金融商品の仕組みが学べるようにしています。フィンテックやESG投資など最新のトピックも学べます。第11章は読者の皆さんの資産運用に役立つ話題となっています。