フィンテックを「ユーザー視点で金融をリデザインすること」と捉え、活動する一般社団法人Fintech協会。
フィンテックという言葉を日本に浸透させるとともに、サービス普及の土壌となるエコシステムの構築・拡大を目指しています。
今回は、Fintech協会の事務局長を務める野中さんに、これからの「フィンテック」や「お金」をどう考えているか伺いました。
1. フィンテックとは、ユーザー視点で金融をリデザインすること
2. 新たなサービスが生まれるかは「変化すべき局面」の多さによる
3. 業界団体は、規制当局やプレイヤーをコネクトする存在
4. 金融に”付随するもの”も変えていく
5. お金のことで悩まなくてもいい世界をつくるために
1. フィンテックとは、ユーザー視点で金融をリデザインすること
―Fintech協会が創設された経緯を教えてください。
当協会は2014年から活動を開始しております。
当時は金融と言えば、銀行、証券、保険のものという認識が強かった中で、フィンテックの認知を広めるために数人のスタートアップの代表たちが「フィンテック・ミートアップ」というイベントを始めたことが団体のきっかけです。
その翌年、2015年に、多くの方のご賛同を得て、法人化となりました。
―イベントから始まったんですね。2014年の活動開始から現在までの5年間で、世の中のどういった変化を感じますか。
フィンテックという言葉自体の認知がかなり進んだと感じています。
エンドユーザーの認知は、家計簿アプリ、ロボアドバイザー、そして、ここ最近のQRコード決済の増加に伴うキャッシュレス決済の3点において、特に広く進んでいると思います。
―普段のご活動を教えていただけますか?
Fintech協会は「日本のスタートアップを起点にフィンテック・エコシステムを拡大すること」を目指して活動しています。
分科会の開催や様々なイベント、ビジネスマッチング、海外連携など多岐にわたる活動を行なっておりますが、中でも、スタートアップの成長に対して大きなハードルになりやすい規制緩和をスタートアップ目線でロビイングしていく活動が、業界に対して特に大きな影響をもたらしているかと思います。
金融というだけでも銀行法、保険業法、資金決済法と様々な法律があるので、課題ごとに切り分けて、法改正に対する要望をまとめているのが分科会のロビイング活動です。
また、これとは別に、情報交換や交流をしているのがミートアップです。
―活動やイベントには、どのような方々がご参加されていますか。
スタートアップに加え、大手金融の方々も多くご参加されています。
大手では新規事業に携わる方も少なくありません。
最近では内閣府、金融庁、日銀、公正取引委員会、東京都など、当局・行政のみなさまなどにもご参加いただくこともあります。
―過去の分科会でとくに反響が大きかったものはありますか。
どれも大きな反響をいただきましたが、ホットトピックとして足元での開催が多いのは「ペイロール(給与支払い)に関する規制緩和 」でしょうか。
―ペイロールとはどのような概念でしょうか?
もともとはアメリカなど移民労働者が多い国で起こった動きで、彼らが銀行口座を開設するまでの間、現金では不便だろうと電子マネーの形で給与払いを行おうとする動きに端を発したものです。
日本でも外国人労働者の増加に伴い同様の対応があってもよいのではという動きができ、合わせて、資金移動業者や前払式支払手段の増加に伴い、これらでも給与受取を認めてはどうかという意見がでてきました。一方、労働基準法(施行規則含)で、給与の受取方法は原則、現金、銀行口座、証券口座のみにしか認められてきませんでした。
一方で、ユーザー視点にたちもどると、現在銀行口座が給与払いに利用されているのは、家賃、病院、学校など、ライフライン上の多額かつ定期的な支払いに対応しているのが銀行口座と現金が多いという現状があります。
すなわち、ペイロールの実現によって利便性を得るためには、資金移動業等の口座とライフライン支払いの接続も同時に必要ということになります。
このように、新しい文化の普及にあたっては、法律だけでなく、文化的・歴史的背景も理解しながら周辺環境も一緒に変えていく必要があります。
フィンテック協会では金融機関以外の企業様にも多く加入いただいており、多様な業界やプレイヤーを巻き込んでエコシステム構築・育成を進めていければと考えております。
―フィンテックサービスがもたらす社会的意義は何だと思いますか?
私たちはフィンテックサービスを「ユーザー視点で金融サービスをリデザインすること」と定義しています。
金融の根本的な存在意義というのは、所得の再分配。
「貨幣の三原則( ※1)支払決済手段、2)価値尺度、3)価値保蔵機能)」を踏まえた上で、いかに必要なところへお金を流しやすい設計を行うかというものです。
変わってきているものはUXで、入り口がスマートフォン、オンラインメインになってきたことに合わせて、より柔軟に細かくセグメンテーションしてきているのがフィンテックです。
金融の存在意義自体は古来から変わっていないと考えています。
2. 新たなサービスが生まれるかは「変化すべき局面」の多さによる
―日本はイノベーションやフィンテックの浸透が他国に比べて進んでいないという話も聞きますが、どう思われますか?
金融そのものは以前からある中で、日本で特に相対的に進んでいないと指摘されているのは、スマートフォンなどデジタルデバイスの普及率、ならびに実際に使える人の割合の低さだと思っています。
利便性のために、慣れないサービスを習得してまで自分の行動を変えようという意識は、確かに低いかもしれませんが、これは例えばキャッシュレス決済においては、現金が問題なく引き出せる環境の良さが整っていることの裏返しでもあります。
他国では不便さを背景にテクノロジーが急速に普及するという背景もあるので、一概に良し悪しを語るのは難しいとも思います。
―文化以外に普及のハードルとなっているものはあるのでしょうか。
日本は島国で英語圏でもないため他国のプレイヤーと比較されることが少なく、大手かつ伝統的プレイヤーによる確固たるスキームができている分、新興企業が参入しにくくなっている側面はあるかと思います。
例えば欧州圏で暮らす方々は、引越しや留学、就職、転職などの機に、国をまたいで移動する機会が日本よりはるかに多い。すると海外送金のニーズは生まれ、各国でも他国のサービスに負けじと様々なサービスが生まれやすくなります。
―変化する機会が多いところにニーズが生まれやすいということですね。
はい、競争原理を考えれば、ニーズに応じてサービスも多様化しやすくなります。
欧州では、引っ越しに伴うメインバンクの変更が簡単にできるように、家賃や光熱水の引き落としを、各社に問い合わせるのではなく、銀行に依頼すると一括で変更できるような制度もあります。
日本だとここまでの対応はまだないですね。
欧州でネオバンク、チャレンジャーバンクが多く育ちやすい土壌も、こういった背景の違いによるものと感じています。
―ヨーロッパの中で特に進んでいる国はありますか?
イギリスは指標にされることが多いように思います。
法律の成り立ちも、業種切りではなく機能切りになっている。
銀行API、BaaS、ネオバンクといった事業の捉え方も、こういった法律の違いによるところは大きいように感じており、イギリスの法制度を参考に法整備を行う国もあります。
また、サンドボックスへの対応も積極的です。
どれほど良いサービスが出てきても、一気にユーザーが増えた後で致命的なエラーが発覚してしまうと、社会へ多大な影響を及ぼしかねない。しかし、エラーを怖がって新たなサービスの採用を見送るのも勿体無い。
この間をとり、少ない人数の間でインフラとして耐えうるかを検証し、サービスを育てていく制度は、遊び場であり、ものを作っては壊すことができる砂場に例えて、サンドボックスと呼ばれています。
アジア圏では、シンガポールも積極的に取り組んでいる印象があります。
アメリカは、シリコンバレーを起点にサービスが多く生まれやすい土壌である一方、ステイツ(州)が独立しており、州ごとに制度整備を行なっていく中、連邦として統一見解を醸成することが逆に難しいという背景はあるようです。
移民や海外労働者の多い国は、各自が抱えている課題が多岐に渡りますし、外貨交換などで海外を意識するシーンも多い。
日本は言語障壁もあって海外と交流しようとするモチベーションが他国より低く、インフラがしっかりしている分、変化を求められる局面が少なかったのだと思われます。
それでも英語が話せる人も随分増えましたし、海外のサービスにも馴染んでくるようになって、人々が簡単にサービスを乗り換えられるようになってきています。
これを機に、業界、政府共にフィンテックが参入しやすい環境を整えることに合意してきていると思います。
3. 業界団体は、規制当局やプレイヤーをコネクトする存在
―公式HPにて「新たなフィンテックサービスが生まれやすい環境」という文言を拝見しました。具体的にどういったことをとくに改善すべきことだと考えていますか。
我々はその目標に向けて、主に法改正に向けたロビイング活動を行ってきておりますが、誤解がないように申し上げておきますと、規制当局側もスタートアップをきつく制限したいという意図というよりは、国民の生活の安定性を守りたい、かつ新興産業を育てたいという意思をお持ちです。
金融当局でも、様々なワーキンググループの作成、議事録の展開、法改正に対する意見の募集をされてきています。
一方で、彼らがどれほどオープンな姿勢をとってくださっても、ベンチャー企業の代表や事業会社の新規事業担当が彼らを訪問するというのはなかなか気がひけるものです。
また、当局としても、バラバラに意見をもってこられても、どの規制をどう変えればよいのか、それによってどんな影響が起こりうるか把握するのが難しくなってしまう。
そこで当協会のような業界団体が、コネクターとして業界全体の橋渡しを行っています。
イベントに当局のみなさまをお呼びして交流の機会を設けたり、相談コーナーを設けてスタートアップの方々がより気軽にお話しできるようにしたり、事業者側の意見の取りまとめを行なったり。そうやって新興産業育成のハードルを下げていっています。
―過去に様々な金融系の協会にインタビューをしてきたのですが、他の団体との違いは何ですか?
Fintech協会がずっと守ってきていることの一つに、中立性があります。
どこかの団体と強い契約関係にあるわけではないからこそ、公平・公正に業界育成を支援していくことができ、会員様も安心して協会に属していただける。
各協会が埋められない場所を、コネクトする存在としての存在価値があると思っていただけると幸いです。
4. 金融に”付随するもの”も変えていく
―今後のフィンテックサービス発展のために、直近ではどういった活動が重要になるとお考えでしょうか?
直近、協会としても推進している活動のひとつに、押印業務の削減活動があります。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、多くの企業が在宅勤務の導入を開始しましたが、金融機関勤務のみなさまは出勤を余儀なくされる場面がありました。
システムのセキュリティによるものという側面もありますが、押印業務の残存によるところも多いと、当協会が実施したアンケートでもご意見をいただいています。
金融勤務以外のみなさまにおいても、例えば、個人の確定申告を例にとると、freeeやマネーフォワードといったクラウド会計サービスを利用すると、税務署に足を運ばなくても完結できるようになりました。
利便性もさることながら、ソーシャルディスタンスの確保や三密の回避が叫ばれる現状で、こういった事業が、みなさまの変わらぬ生活を担保しているわけです。
一方で押印業務が義務化されているものがあると、そのフローに乗っている人はどこかで足を運ぶ必要がでてきます。
―押印業務もFintech協会が取り組む活動の範疇に入るのですか。
金融全体のDX(※デジタルトランスフォーメーション)推進と捉えています。
特にスタートアップですと社内決裁にハンコが不要な会社もありますが、顧客や連携対象に、金融機関や伝統的日系企業が入ってくることは少なくありません。
すなわち、オフィス業務のオンライン完結には、スタートアップ自体のみならず取引先のDX進捗度合も関わってくるということです。
この問題は金融機関に限りませんが、押印に対する見解を発表いただくなど、行政当局側に取り組んでもらっていますし、特に伝統的日本企業に残る対面型・ペーパー業務が削減されていくと、スタートアップもそれで仕事がしやすくなっていきます。業務が停滞する要因が減れば、イノベーションは加速しやすくなります。
そういった理念を背景に、協会としても内閣府で規制改革を進めている方たちと一緒になって、様々な啓蒙を行っております。
ハンコだけでなく、例えば請求書のデジタル移行など、バックオフィス系のデジタル化を進めていくことは金融のイノベーションを推し進めることにもつながるという思いでやっています。
5. お金のことで悩まなくてもいい世界をつくるために
―すごいカードでは、お金との向き合い方のヒントにしてもらうべく、多彩な立場の方々に「お金観」について、インタビューさせて頂いております。Fintech協会にとって「お金」とは、そして「お金」の在り方の理想像はなんでしょうか。
お金の概念は時代によってどんどん変わってきていますよね。もともとは物々交換であった行為が、誰でも同じ尺度で価値を交換しやすいように貨幣が生まれ、現在ではデジタル化に伴い、残高という数字の移動の話になっている。
お金という存在が見える機会が減っていき、それを対価に得る「物・サービス」によりフォーカスして、人間は生きていくことができるようになってきていると感じています。
物流環境の整備も伴い、キャッシュレス手段を持っていれば、物理的な制限なく、モノやサービスが手に入る環境が整ってきている。可処分時間をより多く持つことができるようになり、なにかを考えたり大切な人と時間を過ごすことができることで、人々はより豊かな社会を築くことができるのではないかと思っています。
―協会として、フィンテックが進んだあとの理想の世界についてイメージはお持ちでしょうか。
お金のことで悩まなくてもいい世界の実現ができればと考えています。
お金とは、生活する上で必ず考えないといけないものである一方、皆がどこかそれから解放されたいとも願っている独特な存在。
それに悩まされる時間を減らしていくことがフィンテック事業者のゴールかと思っています。
金融は、インフラであり人々の生活を大きく変える要素をもつ一方で、その分、サイバーセキュリティや犯罪対策など、留意しないとならないことも少なくありません。
安全に、かつ迅速に変える必要のある、重たくも取り組みがいのある課題であると思っています。