様々な職業の人へのインタビューを通じて、お金の価値観、人生との向き合い方を探る連載企画 『お金とわたし』。
今回は先日出版された「キャッシュレス生活、1年やってみた 結局、どうするのが一番いいんですか?」の著者である美崎栄一郎さんにお話しを伺いました。
大手化学メーカー「花王」で15年間商品開発に携わり、独立後は商品開発コンサル、作家、セミナー講師として活躍する美崎さんに、これまでの歩みからキャッシュレスの今後、お金の考え方などについて語ってもらいました。
商品開発も本を執筆するのも本質的には同じこと
ビジネス書は「再現性」があるものを書く
ええアイデアを出そうとするから出ない
PayPayのビジネスモデルは織田信長の楽市・楽座と同じ
QRコード決済はつなぎ、キャッシュレスはタッチ決済が主流になる
新札が出る2024年がリミット
お金はその人についてくる価値
商品開発も本を執筆するのも本質的には同じこと
–まずは美崎さんのキャリアからお伺いしたいのですが、大学院を卒業後、花王に入社された動機は何だったのでしょうか。
モノ作りがしたかったんです。それも、一般のお客さんが使うような商品作り。
学生時代は粉体工学を専門にしていたので、洗剤など一般消費財のメーカーである花王に入ろうと思いました。–花王では主に商品開発をされていたのですよね。
そうですね。サービス開発みたいなのもやりましたけど、基本は商品開発ですね。
洗剤の「アタック」だとか、化粧品の「ソフィーナ(SOFINA)」など、色々やらせてもらいました。
–商品開発は面白そうですが、大変そうなイメージもあります。
しんどいのは確かですね。病院送りの人もいたくらい。
花王というのは不思議な会社で、やる奴はめっちゃ働かせて、やらへん奴はそこそこにって感じでした。
僕も最初はすごい忙しいときは「しんどいなぁ」と思ってましたけど、後から考えるとそれはそれで良かったなと思いますね。
あと、僕は仕事が好きだったので。
–「仕事が好き」って言えるのは羨ましいです。
なんか自分で工夫して、やっていくのが好きなんですよね。
もちろん仕事だと、「会社の利益」とか「お客さんのために」みたいなのはありますけど、そのなかで裁量はできる。自分がどこまでやるか、そのやり方も創意工夫はできますよね。
世の中にないものを作るのか、より安いものを作るのか、それでアプローチは変わるし、工夫の仕方は色々あります。
花王はそういう意味では自由にやらせてくれる会社でしたね。嫁が不思議がっていたんですよ、「なんでそんな会社楽しそうに行くの」って。
–お話しを伺っていると、花王は良い会社というか、居心地が良かった印象を受けるのですが、どうして独立されたのでしょうか。
飽きた。商品開発を色々させてもらって、化粧品も、洗剤も、ヘアケアも・・・。でも当たり前ですけど、花王でやれる商品って花王のカテゴリー以外はできないんですよね。
例えば文房具とかアプリとかはやれないじゃないですか。違う商品開発もしたいという気持ちが沸々とありました。
元々は粉専門だったけど、粉製品じゃない商品の開発もやるようになっていたこともあるし、商品開発は製品問わず共通することがあるわけです。
–具体的にどういうことなのでしょうか。
お客さんに対してどこにウリがあるのかを、ちゃんとわかるようにする、それを伝えることですね。それは商品開発もそうですし、本を出すのも同じですよね。
あと、ちょうどその時くらいからサラリーマンしながら本を書き始めていました。別の仕事もできるなとも感じてましたね。
ビジネス書は「再現性」があるものを書く
–辞めるときに、お金の面で不安はなかったですか?
お金の不安はなかったですね。花王にいながら作家活動をしていた時期が2~3年あったんですけど、その時に花王の収入と印税が同じくらいあったんですよ。
辞めても作家の仕事で食えるって、転職活動も1年後から始めるって決めていました。
–これまで「iPadバカ」など多数の著書を執筆されてきましたけど、心掛けていることはありますか?
その人が読んで面白いなって思う形にすること。あとビジネス書は再現性のあるノウハウにするのが一番大事です。僕じゃなくてもできるかな、というのは意識しますね。
そして、自分が実践しているものを書く。自分がやってへんことを書くのはすごい嫌なんですよ。
–なるほど。作家としての収入があるから花王を辞めてからもすぐに転職しようとならなかったんですね。
辞めて1年間は脱藩した浪士として活動をするっていう時間ですね。その当時はANAに1年間300万円で300回まで乗れるチケットがあり、それで日本全国を飛び回ってました。
–1年間の“脱藩生活”を経て、再就職しなかったのは何故ですか?
色んな人に再就職についての相談はしていました。でも、そのときに言われたのが「自分の名前で仕事している人が入ってきたら、鬱陶しいやろ」って。たしかにと思いました。
とはいえ、仕事はしないとは思っていて「コンサルをしたらいいんじゃないの」って言われたんです。商品開発をしたい会社は沢山あるけど、その方法が分からないところは結構あるという話で。
–一人でやることへの不安はなかったですか?
花王の時にたくさんの人と仕事していたので、一人でどんだけできるのかなってやってみたくなったんですよ。
ええアイデアを出そうとするから出ない
–商品開発はアイデアを出すのが大変だと思いますが、アイデアを出すコツはありますか。
アイデアを出すコツは、考え続けることしかないですよ。アイデアを出すには、実はええアイデアを出そうとは思わないで、たくさんいっぱい出さないといけないですよ。
アイデアを出すこと自体は簡単です。ただ、ええアイデアを出そうと思うから途中で止めてしまう。アイデアマンと言われている人は、くだらないものも含めて、バーっと数を出す。
100個なり1000個のなかから、1個だけを選ぶ。それが最終的にええアイデアになるわけです。
–なるほど。2段階なんですね。
そうです。そして、アイデアを出すのと選ぶのは違う能力です。
同時にやろうとするから難しくなるので、分けないといけないです。
–選ぶときのコツはありますか?
同業でも他業でも、うまくいっているパターンを沢山知ってないといけない。
PayPayのビジネスモデルは織田信長の楽市・楽座と同じ
–沢山の成功パターンを知っておく?
例えば、僕は「PayPay」は多分成功するなと思ってました。
なぜならYahoo!が「Yahoo!BB」を始めたときとか、ソフトバンクが携帯を最初にバーンってやった時と同じパターンだったわけです。
要するに、ダダで配ってお客さんを広げる。それと同時にインフラを整えるパターンですね。
Yahoo!BBのときも駅前にパラソル立てて、配りまくってたでしょ。インフラが整う前からモデムを配る。あのやり方ですよね。
–プロバイダとか携帯電話で成功したパターンをキャッシュレスに転用したわけですね。
そうです。これって、織田信長がやっていた楽市・楽座と同じパターンなんですよね。
それまでは座を開くためには、その運営者にお金を支払われないとダメだった。それを信長は自分の土地である安土桃山では自由にやっていいんですよと。代わりに、売上税をとる。
商人側からすると、売上税だったら最悪失敗してもいいやという気持ちになるから、あのように発展していったわけです。まずは始めるハードルを下げることが大事なわけです。
–今はPayPayを使われているのですか?
いや、還元キャンペーンが終わったので使ってないですね。それに、PayPayのキャンペーンは中国人観光客のインバウンド向けのものなんですよね。
PayPayは導入初期から中国のアリペイと提携しているので、PayPay の加盟店はアリペイも使えるんですよ。
実は、LINE Payも中国のWeChatペイ(ウィーチャット)と提携していました。だから、今やPayPayのソフトバンクの総取りですよね。
–PayPay(ソフトバンク)は完全に中国インバウンドをおさえたわけですね。
でも、今インバウンドのお客が減ってますよね。中国の経済状況も変わってきているわけで、そこまではソフトバンクも読めないですよね。
ベルリンの壁と同じですよ。崩壊しないと思っていたものも可能性はゼロではない。中国の経済が崩壊する可能性だったあるわけです。
QRコード決済はつなぎ、キャッシュレスはタッチ決済が主流になる
–今後のキャッシュレスサービスの勢力図はどうなるとお考えですか?
通信系会社でないと、残るのは難しいと思います。直近だと、Origami PayやLINE Payが潰れる(買収される)ような事態になっていますよね。
通信系でもauはなくなる、残るのはドコモ(d払い)、ソフトバンク(PayPay)の2強。お金を持っているわけですからね。
あと、ダークフォースはトヨタ。
–先日インタビューした、電子マネーの業界権威の岩田昭男も同じようなことを言ってました。トヨタは面白いと。
やっぱり企業の力だと思うんですよね。残るのは本当に少数になるはずです。
–現在各社が実施している還元キャンペーンについてはどう思われますか?
やりすぎです。それが失敗なんですよ。そこまで資金力がもつのか、キツイと思います。
あと、LINE Payの「10円ピンポン」キャンペーンとか誰もピンポンしてませんよ。別のキャンペーンを何回か打ってたんですけど、一つも当たらなかったですね。
LINEの強みはそこだったけど、どれも当たらない。メルペイはまだ頑張っているけど、企業体力の問題ですよね。資金が尽きたら終わる。
–いわゆる「ペイ系」と呼ばれるQRコード決済自体はどう思いますか?
QRコード決済はつなぎです。もう完璧につなぎ。中国人のために作って、日本人は使わないですよ。
今後はタッチ決済に変わります。タッチ決済の代表的なのはSuicaだけど、実は交通系ICで一番進んでいるのが日本なんですよね。現金はもちろん、QRコード決済よりも早いですよね。
今は各社とも動きがあります。VISAもVISAタッチ、マスターカードもマスターカードコンタクトレスになっているように、タッチ決済のクレジットカードに切り替わっていきますね。
新札が出る2024年がリミット
–今は政府もキャッシュレス還元事業しかり、色々な政策をしていますよね。消費者はどういった使い方をするのがいいんでしょうか。
新札が発行される2024年がリミットなんですよ。それまでは各社がキャンペーンをやるので、“おいしい”ものを利用した方がいいですよね。
–2024年にはキャッシュレス社会になりますか?
完全になると思います。新札が出るタイミングでお金は非常に使いづらくなります。
コストの問題でATMも減る方針だし、お札はもちろん、コインも使いにくくなる。皆さんはあまり気にされていないけど、500円玉を変える話ですよね。
新旧両方を対応しないといけないのは、ATMだけじゃなく自動販売機も同じ。そのタイミングで新しい500円玉が使えない自動販売機も出てくるし、使いにくい。
お金はその人についてくる価値
–最後に、美崎さんにとって「お金」ってどういうものだと思いますか?
お金ってその人についてくる価値だと思います。
例えば、僕は講演するときに当然フィーをもらうわけですが、20万円くらいです。それが元ヤクルトの古田さんだったら100万円くらいです。
この差ってなんなの?って、その人についている価値なんですよね。僕は1冊目書いたときからずーっと20万円です。
–変わってないのは、なぜですか?
みんなには変えた方がいいって言われますけど、ええんちゃうかなと20万円で、って思っています。
講演をやるようになったのは花王にいた時代からで、20万円までなら決済が簡単らしく上司のOKが出ました。で、今でもそのままですね。
お金の価値って難しいですよね。講演なら20万円もらえるけど、このインタビュー答えてもそんなにもらえないわけですからね(笑)。内容がそこまで違うのかは分からない。なんなん?とは思います。
とにかく、好きなことをやるのが一番で、そこに価値としてお金が支払われるわけですね。
–好きなことをやれば、お金はついてくるという考え方ですか?
それは少し違いますね。ただ、好きなことをやることの何がいいのかって言うと、継続できることです。好きなこと=モチベーションが保てることですからね。
ただ、その好きなこともお金になるかは分からない。例えば、サッカーが好きで続けて上手くなればプロになってお金をもらえることはあります。
でも、いくらゲートボールが好きで極めたとしてもお金にはならない。稼げるプロゲートボーラーなんていないわけですからね。
–好きなことのなかでお金になるものを選ぶわけですか?
僕は仕事自体が好きやから。
–そうか。そうですね 笑
好きなもののなかで、お金に変えられるかなっていうのは意識しますけど、感覚的には好きなことをやっているだけですね。
–羨ましい。ありがとうございました。