QRコード決済、デビットカードなど、急速に利用者が増えているキャッシュレス決済サービス。
その中で、キャッシュレス推進協議会は、日本のキャッシュレス(支払い方改革)普及に向け、産官学が連携するための中立的な推進役として設立された。
業界の旗振り役として、ガイドラインの策定や垣根を超えた検討会を行うなど、日々活動している。
同協議会の福田好郎事務局長に、設立の目的や国内外のキャッシュレスの現状、キャッシュレス化がもたらす恩恵などについて伺った。
キャッシュレスは「社会の効率化」に繋がる
諸外国でのキャッシュレス普及には様々な背景がある。日本には日本なりの解決策を模索していく必要がある
キャッシュレスは現金の代替物でなく、キャッシュレスを中心としたライフスタイルがあるはず
キャッシュレスは「社会の効率化」に繋がる
―協会の概要についてお教えください
「キャッシュレス推進協議会」は、日本のキャッシュレスを健全に推進するための協議会です。
キャッシュレスは、待っていれば自然に進むものではありません。より推進していくために、産官学がともに動ける場を作ろうということで、この協議会が2018年に設立されました。
2018年に経済産業省が公表した「キャッシュレス・ビジョン」では、「大阪・関西万博のある2025年までにキャッシュレス決済比率40%を目指す」と述べられています。この数値を目標として、当協議会も目下活動を行っています。
―キャッシュレス化を進める意義とは?
社会の効率化だと考えています。
例えば、店舗の運営で考えてみましょう。
高齢化などで人材不足が深刻になっていますが、店舗の運営において非効率な業務はまだまだ存在していて、改善することが可能です。
特に現金に関連する業務です。「銀行での両替」や「レジの確認作業」、「売り上げをATMに預ける」等の業務は現金があるから必要であって、現金が無ければ行う必要はありません。
キャッシュレスなら、データとして入ってくるので確認がすぐ終わりますし、盗まれる心配もありません。
店舗とは本来、モノを売る・サービスを提供するために存在しているのであって、お会計をするために存在しているわけではありません。我々は、現金に関連する業務は非効率だと考えているので、こうした非効率を無くすために、キャッシュレスが必要となってきます。
しかし、キャッシュレスはゴールではありません。
むしろ、キャッシュレスはゴールに到達するためのツールであって、そのツールを普及させることで、社会を効率的にしていくことが使命だと思っています。
―2025年にキャッシュレス決済比率40%という目標。その目標に対しての進捗はいかがですか?
2019年にキャッシュレス決済比率24.1%まで来ていて、対前年比で4ポイントほど上がっています。
消費者還元事業など様々なものが行われているので、達成する可能性はあると思っています。
諸外国でのキャッシュレス普及には様々な背景がある。日本には日本なりの解決策を模索していく必要がある
―諸外国と比べて日本はキャッシュレス化が進んでいないと言われます。
諸外国でキャッシュレスが進んでいるのは素晴らしいことですが、その国ごとの背景があります。
例えば、スウェーデンではキャッシュレスが進んでいると言われますが、その昔、犯罪が多く、銀行強盗が日本より圧倒的に多かったです。
銀行だけでなくバス強盗も多く、公共交通機関の組合が「バスに現金のせるな」とストを起こすほどでした。現金があると襲われるので、強盗を減らすためには現金を無くす必要がありますよね。
さらに、国土も広大で、多大なコストをかけて現金を運搬しなければいけません。
こうした背景からスウェーデンではキャッシュレスが普及していきました。
中国の場合、「現金があまり綺麗でないこと」や「偽札の可能性がある」、「落としたり、盗まれたりする」といった背景があり、電子化する方にメリットがありました。
電子化すれば、偽札は存在できないですし、盗むことも困難です。そのため、キャッシュレスが普及していったわけです。
こうした国々と日本を比較すると、日本の現状とは大きく背景が異なります。犯罪も少ないですし、偽札もほとんど出回っていません。
日本は日本なりの背景があります。諸外国と背景の違いがあることを踏まえつつ、「日本はどうしたらいいのか?」を模索する必要があります。
―日本はどうしていけばいいのでしょうか?
日本は世界でも類を見ないスピードで高齢化が進んでいます。
他国で参考になる事例は無く、「外国はこうだから日本もこうしたらいい」という話ではありません。日本は日本なりの解決策を考えていく必要があります。
高齢社会に関連する問題を、キャッシュレスで解決できれば、日本の経験が世界の課題解決に貢献できるかもしれません。
―2019年10月には、消費者が最大5%還元される「キャッシュレス・ポイント還元事業」が始まりました。
当協議会では、この事業について、様々なアンケート取り、状況把握に努めています。
約105万店の店舗にキャッシュレス決済をご利用を頂いており、そうした店舗にアンケート調査を実施しました。その結果、「初めてキャッシュレス決済を導入した」「これまでより使えるキャッシュレスを増やした」と答えた店舗が7割を超えました。
こうした結果から、店舗でのキャッシュレス決済は着実に広がりを見せていると考えています。
逆に悩んでいるのは、消費者です。
本事業の他にも、「○億円キャンペーン」などを各社行っていますが、こうしたキャンペーンは既にキャッシュレスを使用している人たちが利用することが多いと言われています。
これまでキャッシュレスを使用したことがない消費者に対して、どう裾野を広げていくかが課題だと感じています。
―そうした課題をどう解決しようと考えているのでしょうか?
「現金が無いと困る」や「キャッシュレスはよく分からない」という方々は大勢います。
キャッシュレスを進めるのは、個人のためでもあるのですが、社会のためでもあります。
車社会において、皆さんが車で移動しているのに、馬車で移動するという人が一人でもいたら大変ですよね。
皆さんが車の中で動くように社会が出来上がっていて、車で移動することが効率的だと言われている中で、「馬車がいい」という人が一人でもいると、非効率になります。
無理矢理キャッシュレスを利用しろと言うつもりは全くないですが、是非こうした観点も忘れないで欲しいと思います。
キャッシュレスは現金の代替物でなく、キャッシュレスを中心としたライフスタイルがあるはず
―2019年はどんな活動を行いましたか?
2019年度は、「教育と体験」「消費者窓口との連携強化」「自治体支援」「インサイト調査」といった9つのテーマで検討会を開き、議論を重ねてきました。
具体的にいくつかお話します。
「インサイト調査」では、「皆さんがキャッシュレスをどう考えているのか」を把握するため、5000人ほどの消費者調査を実施しました。
この他にも、自治体や医療機関でキャッシュレスがどうしたら普及するのか検討することも行っています。自治体関連では、特に消費者窓口に注目しており、市民プールや県立美術館などにおいてキャッシュレスで支払うためには、どうしたらいいのかを検討しています。
各自治体の条例解釈や事務作業や決済事業者との交渉があるので、すぐにとはいきませんが、キャッシュレスを導入しようとした場合、どのような手順で進めればいいのかという手引書を作ろうとしています。
―消費者調査の結果から分かったことは何かありますか?
キャッシュレスを使っていない人に聞いて分かったのは、「現金を使う方たちは『お金があといくら使えるか』を管理したいため、キャッシュレスを使っていない」ということです。
「現金をいくつかの封筒に振り分けて、その封筒に入っている金額で過ごす」方や「週頭に財布に決まった金額を入れて、その週はその額で過ごすと決める」方などがいるそうです。
家計簿アプリを利用すると、「これまでいくら使ったか」は分かりますが、「あといくら使えるか」が分かりにくい。このような管理をされている方たちに、キャッシュレスではまだ弱いということは見えてきました。
―「お金」とはどういう存在だと思われますか?
「お金のありがたみが無くなる」「結婚式のピン札入れることを意味がある」ので、「キャッシュレスは味気ない」とよく言われます。
ただ、私どもが講演でよく言うことがあります。
そもそも昔は物々交換で、自分が欲しいものの代わりとして相手が欲しいものを渡していました。
お金そのものに価値があるのではなく、それだけの価値があると定義づけをしているだけです。
お金を発明したことで、魚は100円、肉は200円といった一定程度の価値尺度ができました。つまり、価値を測るための機能がお金には備わっています。
しかし、それは人が決めたものであって、1000円札はその尺度を表す紙でしかありません。1000円の価値そのものは、現金でもキャッシュレスでも同じです。相手に対して、1000円を渡すという行為自体そのものに「ありがたみ」があるのであるはずだと考えています。
重要なのは、キャッシュレスは、現金の代わりとイメージされますが、現金の代わりではないということです。
スマホを例に考えてみましょう。
今やほとんどの方が、スマホを所持していますが、昔のガラケーとは全く異なるものに進化しています。スマホはガラケーの代替物ではありませんよね。
それと同じように、キャッシュレスは現金の代替物ではないと考えています。
スマホを中心としたライフスタイルがあるように、キャッシュレスを中心としたライフスタイルがきっとあるはずです。
それがお金の新しい形になるのかなと個人的には思っています。
―協議会では、完全キャッシュレス化を提唱しています。どうしてなのでしょうか?
キャッシュレス比率40%を達成したとしても、実質的な効果は薄いです。
1円でも現金があれば、人手や作業が必要になるので、これまでと変わりません。
店舗を例にして考えると、完全にキャッシュレスになる店舗が増えていけば、働き方改革が進むはずです。
現在は、だいたい1時間くらいかけてお店の終了後にレシートや売り上げの確認、レジの差分チェックなど行っているそうです。完全キャッシュレスが進めば、これらの業務が一瞬で終わるようなります。
完全にキャッシュレス化することで、効率化を図ることが重要なのです。
お会計は生産性のある活動だとは思っておらず、店舗は顧客に価値あるものを提供することが重要なはずです。飲食店であれば、美味しい食事を出すことであって、食べた後に1万円を貰っておつりを渡すことではないはずです。そうした非生産的な活動を切り崩していきたいですね。
ただ、一気に切り替えれば混乱を生むだけなので、少しずつキャッシュレスを進めていき、皆さんがメリットを感じられるようにしていきたいと思います。
キャッシュレスが進めば進むほど、キャッシュレスは見えなくなっていきます。
キャッシュレスが意識されなくなってくると我々の勝ち。キャッシュレスと言っているうちはまだまだです。